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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)361号 判決 1963年11月14日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大類武雄、同金子作造の上告理由第一点について。

論旨は、建物所有を目的とする土地賃貸借の借地上に借地人の所有する建物が、隣接の賃貸人の所有地に越境して建られている場合には、賃貸人は土地所有権に基づき、賃借人に対しその越境部分の土地明渡を求めて権利妨害を排除すれば足り、賃貸借の目的土地に直接関係なき右の理由を以つて賃貸借契約の解除理由とすることはできないのに、原判決が単に右越境建築の理由を以つて賃貸借の目的たる土地の用方違反であるから、賃貸借契約の解除理由たるを妨げないと判断したことは、理由不備の違法があると主張する。

しかし、原判決は、訴外伊東重利が昭和二六年以来被上告人らの先代藤江新蔵より同人所有の本件土地一五坪を賃借し、その借地上に本件建物を所有していたこと、右賃借範囲には、係争の越境部分二坪余の土地が含まれていなかつたこと、訴外伊東の本件土地賃借当初における右地上建物の坪数は一〇坪五合であつて、同建物は係争の二坪余の土地の部分にはかかつていなかつたこと、藤江新蔵は昭和三〇年五月頃右貸地に隣接する自己所有の宅地内に家業のそば店舗を建築するため、その敷地を測量したところ、賃借人伊東所有の本件建物がその借地一五坪の賃借範囲を超え新蔵方敷地に原判示の如く二坪余越境して建られていることを発見したので、新蔵は直ちに右伊東に対し越境の建物部分の収去を申入れたこと、右越境の部分が新蔵方店舗二階客座敷への昇降口建設のため絶対必要な場所であつたので、その後も再三右二坪余の越境部分収去の申入れが新蔵から伊東に対してなされたこと、特に昭和三一年六月二五日伊東側に立つ訴外浅見政治立会の上測量した結果、浅見も越境の事実を認め、その旨が浅見から伊東に通告されたこと、新蔵は翌六月二六日付、同月二七日到達の内容証明郵便による書面を以つて、伊東に対し同年七月二〇日までに本件建物の右越境部分を収去すべく、もし右期間内にその履行なきときは、本件一五坪の土地の賃貸借契約を解除する旨の催告及び条件付契約解除の意思表示をしたが、伊東はこれに応ぜず、右期間を徒過したこと、上告人は同年七月二三日頃伊東重利より本件建物を買受け、同年九月一九日その所有権移転登記を経由したことを確定したのであつて、以上の事実関係の下において考えるに、借地人伊東の本件所有建物と地主藤江新蔵の所有店舗とが右の如く極めて隣接しており、本件借地上の借地人所有の建物の越境が地主新蔵の店舗経営上、非常な支障を及ぼすべきことの明白なこと、原判示の如き場合にあつては、右越境を目して結局本件借地一五坪それ自体の用方違反、すなわち賃借人としての債務不履行ありというに妨げないとした原判決の判断は是認できる。

しかして、前示の如き相当期間をもつてする右用方違反の是正の催告、すなわち、越境建物部分の除去の催告とともにその除去を条件とする原判示賃貸借契約解除の意思表示は有効であり、従つて藤江新蔵と伊東との間の本件土地賃貸借契約は右催告期間の徒過とともに解除されたのであるから、上告人は既に消滅した賃借権の譲受を伊東重利と契約したにすぎないとした原審判断は、首肯できるところであつて、原判決には所論理由不備の違法はなく、所論は採用できない。

同第二点について。

所論は、原審が右契約解除を是認したのは民法五四一条の解釈を誤まり、又上告人の本件建物買取請求権の主張を否定したのは借地法一〇条の解釈を誤つた違法があると主張するけれども、右賃貸借契約解除が有効であることは所論第一点について説示したとおりであり、既に本件借地権消滅後に本件建物を買受けた上告人には、本件建物の買取請求権のないことを認定判断した原判決には所論違法はなく、論旨は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤朔郎)

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